奨学金なるほど!相談所

久米忠史の奨学金ブログ

2012年11月20日

元カンボジア難民の男性が奨学金を寄付

身につまされつつも心温まる記事を目にしました。

2012年11月20日 読売新聞の記事より
********************************************************************************
元難民、奨学金に恩返し

32年前、インドシナ難民として来日し、奨学金を受けながら都立三田高校を卒業して、母国で建設会社を設立したカンボジア人のソム・モノラックさん(43)が、国内にいる難民らの教育支援に役立ててほしいと、都内の難民支援団体に寄付を申し出た。今月から5年間、毎月5万円ずつを払い、かつて、奨学金として自分や兄弟が受け取った300万円を寄付する予定という。

 ソムさんが、寄付を申し出たのは、品川区のNPO法人「難民を助ける会」(AAR)。AARによると、ソムさんは1980年、ポル・ポト派の迫害を逃れて家族11人で来日。港区内に住み、奨学金を受けながら、区立檜町小(現・赤坂小)、区立赤坂中、都立三田高校を卒業した。ソムさんの兄、弟2人、妹2人も奨学金を受けた。

 ソムさんは94年に帰国し、兄と建設会社を設立。会社経営は軌道に乗っていた。今年9月、カンボジアを訪れたAAR職員と偶然出会い、寄付を申し出た。ソムさんは「私たちが、あの支援にどれだけ助けられたことか。ようやく恩返しができる」と話したという。
********************************************************************************

モノラックさんは、僕と一歳しか違わない同世代の方です。
当然本の知識でしか知りませんが、朝鮮戦争、ベトナム戦争、カンボジア内戦など、同じ民族同士が殺しあう戦争は歯止めが効かず、より陰惨な方向に向かってしまうようです。

モノラックさんは、映画キリング・フィールドでも有名な、ポルポト派による民族大量虐殺を逃れて日本に来たひとりとのこと。
それだけに命の大切さはもちろん、人材育成の大切さを身に染みて感じておられるのでしょう。

高度成長期後、バブル直前に大学生になった僕たちは「飽食の時代」の子どもと言われていました。
1日3食、食べれることは当たり前、おかずを残すことも当たり前、酒を飲めるのも当たり前、好きな時だけアルバイトする甘えた大学生でした。
情けないことですが、自分に関しては、その後もあまり成長をしていません(笑)。

最近、同世代の中国人、韓国人と会う機会が多いのですが、「生きる」ということに対して、日本人の方が甘いようにどうしても感じてしまいます。
自身がどれだけ厳しい経験を経てきたのかどうかは、何気ない言動にも顕れます。

ある意味綺麗ごとかもしれませんが、本気で学ぼうと意欲ある学生は、国籍を問わずに支援するべきです。

戦争体験のない人が政治家のほとんどを占める時代に入りました。
尖閣問題を始めとする国防についても、それぞれの立場の論理だけで議論しています。
直接体験、肌感覚を持たない我々世代だからこそ、慎重に冷静に考えることが大切だと思います。

地獄の淵から日本に逃れて生き延び、奨学金に支えられて高校を卒業し、今では会社経営者となったモノラックさん。

日本とカンボジアと立場が違っても、教育の大切さ、平和の尊さを深く実感しているであろうモノラックさんの話を聴いてみたいと思いました。

カテゴリ:時々日記|日時:2012年11月20日19:10|コメント(0)

コメント/トラックバック (0件)

まだコメントはありません。

コメントする




※管理人のみ公開されます。


使用できるXHTMLタグ:<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

久米忠史プロフィール

1968年生まれ 東京都在住
奨学金アドバイザーとして2005年から沖縄県の高校で始めた奨学金講演会が「分かりやすい」と評判を呼び、 全国で開催される進学相談会や高校・大学等での講演が年間150回を超える。

公式サイト「奨学金なるほど!相談所」

パソコン版表示
に切り替える

スマホ版表示
に切り替える