奨学金なるほど!相談所

久米忠史の奨学金ブログ

2021年01月04日

企業の奨学金の返済制度が21年度から始まる。「代理返還制度」とは。

就職氷河期の再来が心配されるコロナショック

新年早々、首都圏に緊急事態宣言が発出されるとの速報が流れました。

ワクチン接種への期待が高まる一方で、今後数年間はコロナとの戦いが続くといった専門家の意見も耳にします。ウイルスに対する恐怖はもちろんですが、個人的にそれ以上に不安を感じているのが高校生や大学生の就職環境への悪影響です。

世界的金融危機を招いた2008年のリーマンショック時には、高校生や大学生の就職率が低下しました。そうすると、それまで減少し続けていた専門学校の進学率が上昇する結果となったのです。

コロナの影響で大学生の休学や中退の増加を危惧する報道がありましたが、文科省の調査では休学・中退者数は前年よりも減少していることが判明しました。

リーマンショック時と同様に、奨学金で無理をして進学する学生は増加するものの、進学率が低下する可能性は低いのではないかと個人的には考えます。

しかし、だから大丈夫と言いたいわけではありません。むしろその逆で、多額の奨学金を背負って進学できたとしても、肝心なのはその時点での就職状況です。

私自身はバブル世代であったため就職活動には全く苦労しませんでした。企業説明会に参加すれば企業からお金を貰えるという異常で歪な時代でした。

ところが、社会人になった3年後の94年ごろから様子が変わり始めました。

後に「就職氷河期」と呼ばれる時代に突入し、多くの学生が就職に苦しむようになったのです。

奨学金問題は雇用問題と密接に関わっているので、就職氷河期の再来とならないことを願うばかりです。

奨学金返済支援制度が始まる!

前置きが長くなりましたが、年の瀬の12月21日、日本学生支援機構が新たな制度として「企業の奨学金返還支援(代理返還)」を2021年度から導入することを発表しました。

企業による奨学金の返済支援は、主に医療分野などではこれまでにも行われていました。また、2016年からは地方創生の名のもとに国が旗を振り、自治体が基金団体を設立し奨学金の一部の返済を支援する取り組みが始まっています。

今回始まる「企業の奨学金返済支援」が、これまでのものとどう違うのかを見ていきます。

●一般的な企業による奨学金返済支援のイメージ(従来のパターン)

従来のかたちでは、企業が社員である奨学生本人に奨学金返済支援分を支給します。

そのため、支給された金額をそのまま奨学金返済に充てたとしても所得増となり、所得税や住民税などの税金や社会保険料負担が大きくなる可能性があります。

また、奨学金返済支援を受けていない他の社員からすれば不公平に感じるでしょう。

業績には全く関係のないところで給与の差が生じるということは、細かい話ですが将来受け取る年金額にも影響がでることもあり得るので、納得できない人も出てきます。

では、4月から始まる新たな仕組みではどうなるのか?

●21年度開始、企業の奨学金返還支援のイメージ

最大のポイントは、企業から日本学生支援機構に直接返済できる点です。

そのため、従来のパターンのように奨学生本人に税負担が増えることはなく、企業側も経費に算入できるため、本人と企業双方にメリットがあります。

また、日本学生支援機構にとっても貸付金の早期回収につながるメリットがあります。

果たしてどれだけの企業が手を挙げるのかが気になりますが、日本学生支援機構では同制度の参加企業名をHPで公表するとしています。若者支援に取り組む企業としてイメージアップが図れるということでしょうか。

一般論として、企業の参加動機で一番考えられるのがリクルーティングでしょう。求める人材の獲得とその後の定着に効果があるなら参加企業は増えるはずです。

しかし、日本学生支援機構が声を大にして参加企業を募ることは難しいと思います。なぜなら、奨学金の返済負担=若者の社会問題という図式を自ら認めることにつながりかねず、奨学金を問題視するメディアや団体から「責任転嫁」と批判される可能性があります。

企業の奨学金代理返還制度は、むしろ企業サイドの姿勢を注視する必要があると考えます。

ブラック企業という言葉が定着しましたが、理不尽な条件で企業に縛られてしまえば、奨学金が新たな社会問題の種となりかねません。

4月以降の制度の運用状況を見守っていきたいと思います。

国の奨学金返済支援制度の実情は?

本稿の中盤に触れましたが、実は、政府の肝いり政策として奨学金の返済支援は始まっていました。

首都圏への人口の一極集中を改善し、地方への若者の定住促進を目指した地方創生プランの一環として、日本学生支援機構の第一種奨学金の返済を国と自治体が支援するというものです。


私自身が地方出身であるうえ、日々の奨学金講演も地方のほうが圧倒的に多いので地方を応援したいという気持ちを強くもっています。

しかしながら、発表された仕組みを見て、当初からその効果に疑問を感じていました。

日々現場の保護者や教員と接している感覚からすると、むしろ自治体の手間が増えるだけではないかと心配でした。

本稿の執筆にあたって実績を確認したところ、2016年の開始から4年が過ぎましたが、私が想像していた以上に結果が伴っていないようです。

【自治体/募集数/採用者数】※2019年度実績
山形県/100名/1名
徳島県/100名/1名
香川県/100名/10名
鹿児島県/70名/1名

4県の総募集人員370名に対して採用者(応募者?)が13名なので、利用率はわずか3.5%です。

これをみると、日本学生支援機構の第一種奨学金を利用した地方創生枠は抜本的に見直したほうがいいことは明らかです。

新たな取り組みをすれば上手くいくこともあれば失敗することもあります。だから、地方創生プランを批判するつもりは全くなく、この結果をもとに次のプランに活かすべきだと考えます。

個人的には奨学金を活用して地方定住を促す施策として、各県の平均賃金に応じた所得連動返還を導入すれば効果を発揮するのではないかと以前から考えていました。

たとえば、ここに4年間で600万円の奨学金を借りて首都圏大学を卒業予定の学生がいるとします。

そのまま首都圏で就職すれば返済額は600万円ですが、沖縄や青森など平均年収が低い地域で就職すると返済額が半額の300万円になるなら、地方就職への後押しになるのではないでしょうか。

しかも、奨学金の返済は長期間続くので、その間に地域での人間関係も構築されるので、その後の定住にもつながるのではないかと思います。

本稿の主題である「企業の奨学金代理返還」に話を戻すと、奨学金の返済支援が企業にとっての「人質」に利用されることを避けなければなりません。

コロナ騒動では日本人の意識の高さが強調されますが、その一方で、留学生や技能実習生を食いものにする学校法人や企業が存在している現実もあります。

悪知恵に長けた学校法人や企業の経営者に利用されることのないよう、奨学金の代理返還制度の動きに注視していきたいと思います。

奨学金アドバイザー
久米忠史

カテゴリ:奨学金ニュース|日時:2021年01月04日10:36|コメント(0)

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久米忠史プロフィール

1968年生まれ 東京都在住
奨学金アドバイザーとして2005年から沖縄県の高校で始めた奨学金講演会が「分かりやすい」と評判を呼び、 全国で開催される進学相談会や高校・大学等での講演が年間150回を超える。

公式サイト「奨学金なるほど!相談所」

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