【vol.021】 久米忠史の奨学金コラム [2012.11.02]
郵政完全民営化は奨学金地獄のはじまりか?
先日、「野田政権、第3次改造内閣で郵政民営化担当大臣に就任した下地幹郎・国民新党幹事長が10月初め、株式の早期の上場準備を日本郵政に指示した」との報道を目にしました。 日本郵政では、2015年の上場を目指すとともに現在100%政府が保有している株式の3分の2を市場に売却する計画作りに入ったそうです。
ご存知のように、日本郵政株式会社の下で「日本郵便」「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」が事業を行っています。 日本郵政の上場と奨学金がどう関係するの? おそらくほとんどの方が疑問に思うはずです。でも実は大アリなんです。
奨学金の借主は学生自身。日本学生支援機構奨学金は来年度の要求予算ベースで1兆2000億円超、143万人規模にまで膨れ上がっています。 日本の奨学金利用者の9割近くが日本学生支援機構の奨学金に頼っているのが現状です。
奨学金の利用者が急増した背景には、学費の高騰と保護者の収入の減少が大きく影響していることは間違いありません。 そのため、多くの家庭では、子どもたちが借りる奨学金と保護者が借りる教育ローンを組み合わせて進学費用をまかなっています。 つまり、親子共々借金を背負って、何とか進学しているのです。
実は以前から、政府や財界では、奨学金の低利な上限利率を撤廃し、学生ローン化への転換を狙っています。 具体的には民間金融機関が300万人の学生に対して毎年300万円の学費ローンを貸し付け年間9兆円もの「学生ローン市場」を作ろうというものです。
これまで保護者に対して貸し付けていた教育ローンを学生本人に貸し付けることで出来る9兆円規模のマーケットは民間企業にとっては、 よだれが垂れるほど魅力的なものでしょう。
でも、教育までも市場化して、果たして本来の人材育成の目的を果たすことができるのでしょうか。
本題に戻りますが、実は2か月ほど前にある資料を入手しました。
「親の負担“ゼロ” 新たな奨学金制度」と題したA4サイズ12ページにわたる下地幹郎・衆議院議員の構想案です。
その中には、教育ローンを保護者から学生本人への貸し付けへと転換し、その窓口として民間金融機関プラス日本郵政とすることがハッキリと明記されています。
同資料の最後のページでは、教育ローンの負担を学生本人に移行することで、保護者世代の可処分所得が2兆2000億円も増えるので景気浮上につながるとして締めくくられています。
しかし、確かに保護者の可処分所得が一時的に増えたとしても、その2~4年後には大きな借金を抱えた子どもたちが社会に放出されるだけで、単に次世代に負担を先送りするだけに過ぎないのは明白でしょう。
特に若者の雇用が不安定化している現在では、なおさら若者の足を引っ張り、結果的には経済的にもマイナス影響の方が大きいと思います。 「進学費用ローン」を市場にさらして多くの学生ローン地獄を生み出してしまった反省から、現在では方向転換しつつある米国の状況をみれば容易に学習できるはず。
教育費の問題は、「機会の均等」か「受益者負担」か、と昔から議論が続いていますが、大卒だからよい環境で働けるという「受益者負担」論者の最大の論拠が現在の日本では崩壊しつつあることは周知の事実でしょう。
奨学金の学生ローン化構想の中で登場する政治家や学者、企業人の背景をみると、 自身は奨学金とは縁のない、ある意味、お金の苦労をせずに大人になった人ばかりのような気がします。
デフレ経済の中、新たなマーケット規模に目を奪われてしまい学生に負担を強いる前に、 政治家や経済人、官僚にはやらなくてはならない基本的なことがあるはずです。 まずは、自身が関係する組織・団体などのラウド・マイノリティーではなく、 利害関係なく普通に自分の近所に暮らしているサイレント・マイノリティーの心の声を拾うウサギの耳が大切ではないでしょうか。